中国の若者は一体何を怨んてるか

杨鹏 2018年5月5日 18:13
翻译随笔

** 楊鵬拙論七十九 ----「戾气」「Diors」中国の若者は一体何を怨んてるか

序  章

近年来、経済バブル崩壊とともにマイナス情緒が盛り上がった中国は、所謂「戾气」の猛威を振舞ってる。そして「Diors」。

旺盛な年齢くせに欲求不満の若者たちは、我慢できず大暴れになり、犯罪行為なり、麻薬、暴力が溢れて、清净祥和な中華大地よなぜ、地獄修羅場に落ちたとは!

千万人と雖も吾往かん。 探求してみよう。

                   (一)自己紹介

僕は楊鵬です。

なぜかこの「鵬」を名前付くのは、波瀾万丈の人生を、洋々たる前途の祈りだ。天を覆う雲のような翼を広げ、荒れ狂う嵐に乗って、九万里の蒼天へ一飛び上がって天下を舞う。

悲劇的に「楊」は「武士は食わねど高楊枝」の「楊」です。

楊鵬は、タダの平社員一匹、インフレを我慢して、苦労に代わり小金で腹を満たすだけ。そして退屈な豚小屋に縮まって草莽崛起の小説に夢中して人生を潰してる。

楊鵬は、「彼女いらない」って云うのはできない故。だけどスクリンー女優に向いて手が震えてる。

楊鵬は、一人の負け組であるが一人だけではない。

楊鵬は、何億人なるかも。

僕は楊鵬です。中国Diorsです。


         (二)「Diors」と「愤青」

Diorsは、言い表せない被差別民の心理、名状し難い劣等意識の果てに、在学時代にも退屈な生活に抑えられ、卒業になっても社 会人として活躍できず、心理の闇作用によりコミュニケーション能力も足らない。特に貧しい農村から育てた「新生代農民工」が抱く のはプチブル都会人への怨念である。この事実には注目しておくべきだろう。

福島香織「中国絶望工場の若者たち」(PHP研究所)によれば若者、それも農村戸籍

に图片よって都会に出ても、職場で、社会で、言われなき差別を受け、かと言って農業に従事したこともなく、希望を抱いて人生に挑むのだが、多くのは挫折し、自殺願望が潜在し、結局は絶望に遭遇する。中には本当に自殺未遂、いや自殺に失敗して半身不随になった若者もいる。

これらの世帯を「新生代農民工」、程度的に「愤青」と呼ぶ。 彼らは「それなりの学歴(本科)(研究生も)と夢を持つ一方で、鬱陶しく不満を抱える」。だから「なにかのきっかけでわっと集団行動をとる」。こうした屈折した世代が、時に「反乱分子」に変身することがある。だが実は、彼らは日本が強烈に憎くて、反日デモや反日暴動に参加している訳ではないのだ。

都会へ出てきて安月給の工場へ勤め、苦労して小金を貯めてパソコンを買い、ネットで都市民の女の子と偶然チャットで盛り上がった。オフ会をしようと誘い、現実社会で会ってみた。しかし、自分が農民工とわかると、フンと鼻先で笑われ、歯牙にもかけられなかった。休みの日に遊ぶ相手は同郷の同じ農民工しかいない。数少ない同郷の友人達でも、自分より給料が多いと知る疎ましい。  图片

こうして多重な不幸に浴びられ、屈折してゆく「Diors」たちの劣等意識、言われなき宿命的差別への怨念が、彼らの潜在心理に深く沈殿している。その根っこの心情は、実は社会への怨念、もっと言えば現体制をびっくり返したい衝動ではないかと推測である。

「彼らが本当に恨んでるのは日本ではなく、日本や日本ブランドが象徴するプチブル層で、彼らは日本が憎いのではなく、日本車を持っている金持ち層が憎くて日本車を叩き壊した」(以上の引用は福島前掲書)

この類の草根「根のなし草新世代」が世界的規模で急速に発生しており、たとえば政府機関へのウィルス攻撃など、更に厄介な問題を惹き起させるだろう。

古人云:民は寡(すくな)きを患(うれ)えずして均(ひと)しからざるを患う (民不患寡而患不均)

中国の若者が恨んでいるのは、日本ではなく、プチブルだった。

反に、プチブル出来なくて、Diorsなるのみ。

「庶民の勝利で国を建てて、多数の勝利で真理を証す。」経験持ってる国は、子民も揺らずにこの道理を固く信じてるかも。

反に、少数なプチブルに対して、絶多数なDiorsなるわけ。

絶多数で勝利なるわけだろう。楊鵬の勝利。

庶民の勝利。

               (3)私 は 誰

私は、あなたと一緒、楊鵬と申します。

ご心配なく。**

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